青いマスクは自分のコンプレックス

僕は普段、マスクをしない。
もちろん風邪を引いた時はマスクをするが、普段の生活や花粉の季節にもマスクはしない。
なので家にはマスクのストックなど1枚もなく、今回のコロナウィルスが広がり始め、マスクによる予防が重要視されてきた頃には、コンビニやドラッグストアでもマスクが売っておらず、とても大変だった。

僕一人で生きているならまだしも、スーパーに行かないわけにもいかず、そうした中で自分が誰かにうつしてしまわないよう、探していたところ、実家の両親から少しマスクが余ってるから送ろうかと連絡をもらい、少しだけ送ってもらった。


マスクと言えば、僕のイメージは白。最近は黒いマスクもあるが、パッとイメージするマスクは、やっぱり白だった。そして実家からも届いたマスクは青だった。マスクの機能としては何の問題もないと思うし、青いマスクのなにも悪くないとはわかってる。けど、“普通” と違うというだけで、僕は青いマスクに対して、何となく嫌だなぁという気持ちを感じていた。

ふとした時に、外で友達とすれ違った。
僕は何も意識せず、やぁ元気?と言葉を交わしている時に、「マスクが青いからすぐわかった」 と言われ、自分が青いマスクをしていることを思い出した。
その友達には、青いマスクだけ手に入ったことを話していたので、僕が青いマスクをしていることで気づきやすかったと言ったのだ。

この何気ない会話で、僕はハッと感じたことがあった。
僕は青いマスクを使うことに抵抗を感じていた。自分がイメージする“普通” のマスクとは色が違うということに対して、何というか、恥ずかしいような、目立ってしまうことに対する恐れのような、要するに人前で使いたくないという気持ちを感じていた。でも、そんな青いマスクに対する躊躇いは、一度身に付けると完全に意識から消え、友達に言われるまで思い出しもしなかった。僕は、これは、自分が使っているマスクの色は「自分には見えないから」 だとわかった。

使う前はけっこう嫌がっていたにもかかわらず、一度身に付けると、少しも気にならない。自分の目に見えないというだけで、マスクの色なんてどうでもよくなるのだ。そして、青いマスクをしている友達も、僕が青いマスクをしていることなんて、少しも気にしていないようだった。

これって、コンプレックスと同じだなと思った。
気にしているのは自分だけで、周りの人たちは案外というか、まったく気にしていない。そして、目に見えていない時は気にならない点も、マスクと同じだ。
コンプレックスを感じていることはたくさんあって、コンプレックスが露呈してしまいそうな場面はいつも避けている。これは、他人にコンプレックスを見られることを避けているのではなく、自分の目に、映らないようにしているのかもしれない。

朝、鏡の前で髪型を一生懸命整えているけど、後ろ側は案外気にしていない。
それは頭の後ろ側は自分には見えないからだ。
自分の思うコンプレックスなんて、他人から見ればどうでも良いこと。自分が他人のコンプレックスを知った時の経験からしても、これは間違いない。
それでも、自分のコンプレックスを直視することはツライ。他人に見られることもツライ。

友達とすれ違った時、僕は友達に言われて、自分が青いマスクをつけていることを思い出した。と同時に、そのことに対して、特に何の恥ずかしさも感じなかった。

コンプレックスは青いマスクと同じだ。自分だけがコンプレックスを恥ずかしく思い、他人に見られたくないと必須に隠している。他人に見られて初めて、それがどうでも良い些細なことであると気づける。そしてそれからは、自分自身も、コンプレックスに感じていたことがどうでも良くなる。

友達は、青いマスクのおかげで、僕だとすぐ気づけたと言ってくれた。青いマスクだから、友達と挨拶することができたのかもしれない。

僕らは自分のコンプレックスを隠すことに一生懸命だけど、もしかすると、コンプレックスは僕らの個性であり、それを出していくことで他人から気づいてもらえるのかもしれない。だとすれば、コンプレックスに感じているアレやコレも、隠しているのはもったいない。顔のド真ん中に貼り付けて歩くくらいが、ちょうど良いのだと思う。

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